今年の5月、電撃的な初来日を果たしたAMAのレジェンドライダー、リッキー・カーマイケル。ここでは、本誌2015年8月号にて掲載したインタビューを特別に公開しちゃいましょう。世界最速の秘密がたくさん詰まっているはず!

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「小さい頃は泣きながら練習していたよ」

 

DS:2005年、フロリダの自宅に伺って取材させてもらったんですが、覚えていますか?(2005年4月号にて掲載)
「もちろん。すごくいい1日だったね。もう10年も経つんだね」

DS:この時に丸1日密着して、アナタが世界最高のライダーだということがよく分かったんです。
「オー、サンキュー! 自分が世界で一番のライダーかどうかは分からないけど、勝利の数が多いライダーとは言えるかもしれないね」

DS:取材に対して非常にオープンで、全て見せてくれたのが印象的でした。
「僕はいつでもオープンだったし、プロになってからも常に周りの声を聞くようにしていたよ。そのすべてを受け入れられなくても、まずは聞くんだ。何かを学べるかもしれないからね。今の若いライダーにはそれが少し足りていないように思うね。アドバイスをくれる人たちというのはとても経験が豊富だし、僕も常に何かを学ぼうと思っていたんだ」

DS:アナタのお母さんのプロフェッショナルな姿勢も印象的でした。
「そうだね、常にママは僕に『ユー マスト ワークハード(一生懸命やりなさい)』という言葉を伝えていたよ。とても小さい頃からずっと言っていたんだ。影響は大きかったね。RCU(リッキー・カーマイケル・ユニバーシティ)のようなコーナー練習も、6歳の時から週に5日、1時間くらいやっていたんだ。今では僕もこれは多すぎると思うよ(笑)。泣きながらやってたんだから!」

DS:アナタと両親との関係はモトクロスにおいてベストだと思ったんです。
「ありがとう。最近のライダー達はとても才能があるのに、両親や周りの意見にあまり耳を貸さないんだ。とても残念だね」。

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「勝利」「チャンピオン」に本当に必要なものとは?

 

DS:アルドン・ベイカー氏は今や売れっ子のトレーナーですが、アナタとの出逢いがきっかけなのでは?
「僕が分かってほしいのは、もしベイカーが僕と仕事をしていなければ、今のベイカーはなかった、ということ。なぜなら、僕はベイカーと出逢う前から勝っていたからね。誰もが彼のことを『マジックアンサー』だと思っているんだ。みんな、彼が僕の勝利のキーマンだと思っている。確かに手助けはしてくれたけど、トレーナーがすべてではないよ」

DS:ここ数年、ネイションズで日本チームは予選を突破できず苦戦しています。広島でレースを見てどう思いましたか?(※2015年5月に取材)
「スタイル、スピード、技量は十分あると思ったよ。だから、なぜこの力を世界で発揮できないんだろうと思ったくらいなんだ。力を発揮できれば、クオリファイは十分通ると思う」

DS:なぜ海外で実力が発揮できないのだと思いますか?
「それには、僕も同じ質問があるよ。ロクスン、トマックは、なぜダンジーに勝てないのか。才能やスピードは十分あるのに。やっぱりそこはメンタリティなんだよ」

DS:チームUSAがネイションズで勝てない理由も?
「同じだよ。常に言っている言葉があるんだ。『ノークラッシュ』。もしクラッシュしてしまったら、勝てない。でも彼らはいつもクラッシュする。シンプルでしょ? そこにはチームとしてのマネージメントがとても重要なんだ。気合いが入り過ぎているんだろうね。USA! USA! って。そしたらボーン!…クラッシュ」

vol.02へ続く。
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リッキー・カーマイケル
[Ricky Carmichael]
アメリカ・フロリダ出身
1979年11月27日生まれ(36歳)

ジュニア、アマチュア時代からその名を轟かせ、1997年よりプロサーキットカワサキからAMAへフル参戦。その後、ホンダを経て現在も契約が続くスズキへ。10年連続チャンピオンやアウトドアでの全勝優勝など、数々の記録を打ち立てた、まさにレジェンド。現在はK・ロクスンなどを抱えるRCHの共同オーナーとして活躍する傍ら、RCU(リッキー・カーマイケル・ユニバーシティ)というプログラムを開催するなど、後進の育成にも積極的

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